エレックゲーム・シリーズ

Elec Game Series
基本解説
シリーズ商品
  • 【発売元】
    新正工業
    Shinsei Kogyo
  • 【発売日】
    1979年9月~1980年9月
  • 【価格】
    ※各機種のページに記載
  • 【表示方式】
    LED(発光ダイオード)または
    FL(蛍光表示管)

 ミニカーやラジコンカーなどの玩具メーカーとして知られていた新正工業が、最初にして最後に手掛けた電子ゲーム機のシリーズ。各機種のパッケージには、カタカナ表記の「シンセイ」のブランド名と「201」から始まる通し番号が記されている。

 エレックゲーム・シリーズの注目したい点は、シリーズ内に同じゲームシステムの機種が複数存在することだろう。この手法を導入した電子ゲーム機の元祖は米国マテル社の『サッカー』『バスケットボール』『アイスホッケー』(すべて1978年発売)で、これら3機種は競技のルールに合わせて制限時間などが調整されていたが、ゲーム内容はほぼ変わらなかった。エレックゲーム・シリーズでは、『ワープインベーダー』と『ヒットスクランブル』がターゲットの形以外は同じゲームであるうえ、その遊びの仕組みは『ドレミファ タッチ』を応用したもの。また、『ゲキメツインベーダー』と『与作とドン平』は、本体の形状こそ大きく異なるもののゲームシステムは同一だ。つまり、シリーズのうち5機種が3機種と2機種のグループに分けられ、それぞれのグループ内で同じゲームシステムが流用されていたことになる。

 このように、土台は同じでありながら外見を変えて別の商品にするという手法は、玩具の世界では決して珍しいものではなかった。製造コストを抑えるべく同じ金型から作られた人形やミニカー、イラストだけ変更された野球盤、キャラクター物に作り変えられたポケットメイトなど、例を探せば切りがない。エレックゲーム・シリーズでこの手法が採用されていた事実は、当時の電子ゲーム機が玩具の延長線上にあったことを改めて教えてくれる。

 新正工業はエレックゲーム・シリーズとしてLED表示の5機種とFL表示の1機種をリリースするが、以降は電子ゲーム機を発売することはなかった。月刊「トイズマガジン」1980年2月号の「79年末商戦白書」で『ゲキメツインベーダー』がエレクトロニクスゲーム部門の10位に入ったとはいえ、エレックゲーム・シリーズ全体の業績と競合他社の開発・宣伝力を考えたときに、電子ゲーム以外の分野に戻ったほうが賢明と判断したのだろう。なお、その後の電子ゲーム機の市場ではLCD(液晶)表示の機種が人気を集めていく。エレックゲーム・シリーズに見られた「同じゲームシステムで外見を変える手法」はLCDゲーム機に導入しやすく、グラフィックパターンを差し替えた機種が各国で相次いで登場することになるのだった。

エレックゲーム・シリーズのロゴ。「C」の文字がキラリと光っている。

シリーズ第1弾として発売された『ドレミファ タッチ』は、低年齢向けのモグラたたきゲーム。

『ワープインベーダー』(黒)と『ヒットスクランブル』(青)の本体は、色が違うだけで形状は同じ。遊べるゲームも共通で、『ドレミファ タッチ』のボタンと発光部を分離した内容になっている。

『ドレミファ タッチ』『ワープインベーダー』『ヒットスクランブル』のパッケージには、ほぼ同じゲーム内容であることを示す共通のマークが付いている。

1979年末の売れ行きが順調だった『ゲキメツインベーダー』。インパクトのある機種名と、UFOが攻めてきてインベーダーに変身するというアイデアが目を引いた。

『ワープインベーダー』『ヒットスクランブル』『ゲキメツインベーダー』のパッケージは、裏面が英字で構成されたデザイン。『ゲキメツインベーダー』の裏面では機種名も『BLASTER GAME』に変更されている。

参考までに、これが『ゲキメツインベーダー』のパッケージ表側。

エレックゲーム・シリーズでFL表示を導入した唯一の機種『ポンカード5』。5種類のゲームを遊べるのが売りで、広告にはタモリを起用していた。

【CGWM TRIVIA①】
『ポンカード5』のパッケージに「ELEC GAME」のロゴがないのは?

 新正工業が発売した電子ゲーム機の中で、最後に登場した『ポンカード5』だけはパッケージに「ELEC GAME」のロゴがない。『ポンカード5』の本体裏には「ELEC GAME」と刻まれているので、この機種がエレックゲーム・シリーズから外れたわけでもない。では、なぜ『ポンカード5』のパッケージにシリーズのロゴがデザインされなかったのだろうか。

 じつは、発売前の『ポンカード5』には「シントロンゲーム」という肩書きが付いていた(月刊「トイズマガジン」1980年5月増刊号の広告より)。『ポンカード5』が同社初のFL表示の機種ということもあり、エレックゲームではなく新しいシリーズ名を付けようとしたのだろう。しかし、何らかの理由でシントロンゲームという名前の採用は見送られた。あくまでも推測の域を出ないが、先に製造された本体のプラスチックに「ELEC GAME」と刻まれていたことがその理由の可能性もある。いずれにせよ、こうしたシリーズ名の変更が、パッケージに「ELEC GAME」のロゴが記載されなかった一因だと思われる。

『ポンカード5』のパッケージには「マイコン内蔵」と書かれているだけで、新正工業の電子ゲーム機でおなじみの「ELEC GAME」のロゴは存在しない。

しかし、本体裏のプラスチックには「ELEC GAME」の文字が刻まれている。

【CGWM TRIVIA②】
エレックゲーム・シリーズでお蔵入りになった機種

 エレックゲーム・シリーズのパッケージには通し番号が振られているが、順番に並べてみると欠番があることがわかる。

【201】ドレミファ タッチ
【202】ワープインベーダー 
【203】ゲキメツインベーダー
【204】ヒットスクランブル
【205】与作とドン平
【207】ポンカード5

 上記で抜けている【206】についての情報は、月刊「トイズマガジン」1980年5月増刊号に掲載されていた。エレックゲーム・シリーズの【206】として予定されていたゲーム機の名前は『ガンファイター』。その内容は「中央のシェリフがガンマン6人に取り囲まれ、ランダムに射撃してくるのをすばやく身をかわしながら反撃する」ものだという。文章からは任天堂のアーケードゲーム『シェリフ』が連想され、それをLEDでどのように表現していたのか気になるところだが、残念ながら『ガンファイター』の発売は確認されていない。

 また、月刊「トイズマガジン」1980年8月号には、9月の地方見本市において『ゲキメツエイリアン(仮称)』が発表予定と書かれている。そのネーミングからは『ゲキメツインベーダー』の第2弾のようなものが想像されるが、実際に『ゲキメツエイリアン』が発表されたという記事は見当たらない。

エレックゲーム・シリーズのパッケージにある通し番号。デザインは不統一で、【203】と【204】は色付きの枠に入っている。

この『ゲキメツインベーダー』の第2弾とも言える『ゲキメツエイリアン』が発売されていたら、通し番号は【208】だったのだろうか。だとすると、【207】の『ポンカード5』と同様にFL表示の機種だった可能性がある。

【CGWM TRIVIA③】
新正工業とSHINSEIKIKI

 エレックゲーム・シリーズが続々とリリースされていた1979年末、アノアから『エレクトロニクスバスケットボール』『エレクトロニクスサッカーゲーム』というふたつのLEDゲーム機が発売された。この2機種もエレックゲーム・シリーズの大半と同様に、ゲームシステムは同じでありながら外見を変えるという手法で作られている。しかも、本体裏に刻まれた製造元の社名は「SHINSEIKIKI」。これらの事実から、アノアの2機種は新正工業が製造したと推測したくなるが、実際はそうではない。

 「SHINSEIKIKI」は、新生機器という社名のローマ字表記。新正工業の2文字目の漢字が「正」なのに対して、新生機器の2文字目は「生」で、新正工業と新生機器は異なる会社なのだ。ただし共通しているのは、どちらの会社の工場も栃木県下都賀郡壬生町の「おもちゃ団地」にあったということ(※1)。おもちゃ団地とは、東京の下町で操業していた玩具メーカーの工場が集団移転して作られた工業団地で、トミー、バンダイ、エポック社などの大手メーカーもそこに進出していた。エレックゲーム・シリーズや前述のアノアの2機種はもちろん、1970~80年代の多くの電子ゲーム機がおもちゃ団地の工場で製造されていたと考えると非常に興味深い。

※1……当時のおもちゃ団地の中に新正工業と新生機器が別会社として存在していたことは、おもちゃ団地協同組合に確認済み

アノアが発売した『エレクトロニクスバスケットボール』と『エレクトロニクスサッカーゲーム』。フィールドのデザインは違うが、ゲーム内容は同じだ。

両機種の本体裏には、アノアのロゴとともに「SHINSEIKIKI」の文字が刻まれている。その左側にある「SKK」は新生機器のロゴ。

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