LSIポータブルゲーム・シリーズ(LEDタイプ)
LSI Portable Game Series(LED Type)基本解説 | シリーズ商品 |
Bandai
「LSIポータブルゲーム」は、バンダイの初期の電子ゲーム機を代表するシリーズ名。電子ゲーム機の進化にともない、このシリーズはLED(発光ダイオード)タイプ、FL(蛍光表示管)タイプ、LCD(液晶)タイプの順に新作がリリースされていったが、最初の1年少々の間に発売されたLEDタイプの機種群が、日本国内での電子ゲーム機の分野を開拓したと言っても過言ではない(具体的な機種のラインナップは「シリーズ商品」のページを参照)。
シリーズの先陣を切ったのは、1978年7月に同時発売された『ベースボール』『サブマリン』『コンバット』『ゴルフコンペ』の4機種。このなかでベストセラーとなったのは『ベースボール』で、当時のヒット玩具だった野球盤をコンピュータ相手に遊べるようにしたかのようなゲーム内容は、電子ゲーム機の魅力を伝えるのに十分なものだった。『ベースボール』は登場から半年で40万台ほどの販売台数を記録したが、その人気ぶりを他の玩具メーカーが黙って見過ごすはずもなく、翌1979年にはエポック社が『デジコムナイン』『ベストナイン(※)』、トミーが『コンピュータスタジアム(※)』、学習研究社が『ベースボール』、モリタニが『盗塁王』、さらにはバンダイ自身も『ベースボール』の改良版『LSIベースボール』と『スーパーベースボール』を発売し、1979年は電子野球ゲームの激戦の年となっていく(※を付けた2機種はエレメカ的なギミックも組み込まれている)。また、バンダイの『ベースボール』をもとにした機種は海外でも複数リリースされ、それまでは電子ゲーム機といえば米国のマテル社が先行していたイメージがあったのが、ついに日本のメーカーが肩を並べはじめたのだった。
そして、LEDタイプのLSIポータブルゲーム・シリーズのもうひとつのヒット作が、1979年7月に発売された『ミサイルインベーダー』(のちに『ミサイルベーダー』に改名)。前年から大ブームを巻き起こしていたアーケードゲーム『スペースインベーダー』のエッセンスを電子ゲーム機に採り入れた機種であり、その登場を追いかけるように今度は各社から『スペースインベーダー』風の電子ゲーム機が続々とリリースされるようになる。
このようにLEDタイプのLSIポータブルゲーム・シリーズは、1978~79年の日本の電子ゲーム機のジャンルを牽引する存在だった。ただし、1979年春にトミーから世界初のFLタイプの電子ゲーム機と言われる『ミサイル遊撃作戦』が発売されると、LSIポータブルゲーム・シリーズもFLタイプへの移行を視野に入れざるを得ない状況になっていく。1980年5月に第1作が登場したFLタイプのLSIポータブルゲーム・シリーズについては、別のページで解説する予定。
電子ゲーム機というジャンルを日本国内に紹介する役割を果たした、LSIポータブルゲーム・シリーズの最初の4機種。当時の記事によると、『ベースボール』は三菱電機、残りの3機種は日立が専用のLSIを供給していた模様。
LSIポータブルゲーム・シリーズの『ベースボール』は、ランナーやスコアを自動で表示したり対戦することができたりと、同じバンダイが3ヵ月前に発売したエルピット・シリーズの『エレクトロニクス・ベースボール』から大幅な進化を遂げていた。
『ベースボール』は、発売から約1年後の1979年6月に『LSIベースボール』に改名して再リリースされた。盗塁やダブルプレー、タッチアップといった新要素が追加されている。
1979年に国内でバンダイ以外からリリースされた電子野球ゲームの商品群。これだけの新作が登場したことからも、前年発売のバンダイの『ベースボール』が市場に与えた影響の大きさがわかる。
黎明期の電子ゲーム機の市場において、『ミサイルインベーダー』もかなりの人気を集めた機種のひとつ。『スペースインベーダー』稼働開始の約1年後に発売され、ヒット商品となった。
LEDタイプのLSIポータブルゲーム・シリーズの大半は科学技研が開発・製造を担当しており、取扱説明書に社名が記載されている。なお、『スーパーベースボール』『スーパーミサイルベーダー』『MRサブアタック』『MRスペースファイヤー』は科学技研の社名がクレジットされておらず、同社が関与していない可能性がある。
初期のLSIポータブルゲーム・シリーズで注目したいのが、1979年4月に登場した『チャンピオンレーサー』に使われていたアイデア。それまでのLED表示の電子ゲーム機は発光ダイオードの点灯がドットまたは球体のように見えていたが、『チャンピオンレーサー』では画面をフィルム(オーバーレイ)で覆い、そのフィルムにクルマ型の穴を複数用意することで、クルマが光っているかのように見せる演出を実現していた。この新アイデアは発売済みの『サブマリン』『コンバット』『ゴルフコンペ』にも導入され、駆逐艦、戦車、ゴルフボールの形が光るように改良された各機種は、『チャンピオンレーサー』と同日(『ゴルフコンペ』のみ1ヵ月後)にNEWバージョンとして再リリースされている。
マテル社の当時の電子ゲーム機は、LED(発光ダイオード)の光をドットのように収束させてゲーム画面を構成していた。写真は『オートレース』の表示部。
『チャンピオンレーサー』では、クルマのシルエットが赤く光って見える。LED表示の電子ゲーム機の表現力をアップさせたアイデアと言えるだろう。
『チャンピオンレーサー』の本体の内部。基板の上にLED(左側)が並んでおり、フィルム(右側)にはLEDと同じ位置にクルマ型の穴が空いている。
フィルムの拡大写真。これらのクルマ型の穴が、LEDの赤い光を透過させて光る仕組みだ。
『サブマリン』の初期バージョン。赤く光っているLEDがプレイヤーの駆逐艦を表す。
『サブマリン』のNEWバージョン。駆逐艦が船の形になり、イメージしやすくなった。
バンダイ製品のパッケージには製品番号が記されているが、『サブマリン』のNEWバージョン(奥側/16121)は初期バージョン(手前側/16508)よりも若い番号が振られている。バンダイの製品番号は、かならずしも発売順になっているわけではないようだ。
当時のバンダイ製品の本体裏に印字された6ケタの製造番号は、一番左のケタが製造年の下1ケタを示していると思われる。左の『サブマリン』の初期バージョンは「812117」で1978年製造、右のNEWバージョンは「904127」で1979年製造と解読でき、実際の発売年と一致している。
日本における電子ゲーム機の歴史は、1977年にバンダイが米国マテル社の『オートレース』と『ミサイルアタック』を輸入販売したところから始まっている。翌1978年、バンダイは4月にエルピット・シリーズ、7月にLSIポータブルゲーム・シリーズという自社製品の電子ゲーム機の販売を開始。初期のLSIポータブルゲーム・シリーズはマテル社の電子ゲーム機を参考に作られたと思われるが、最初に『ベースボール』と同時にリリースされた『サブマリン』『コンバット』『ゴルフコンペ』は、いずれも当時のマテル社のラインナップには存在しないタイプのゲーム内容だった。その出来映えを認めたのであろうマテル社は、『サブマリン』を『サブチェイス』、『コンバット』を『アーマーバトル』というタイトルに変更して米国内で発売する。これにより、バンダイの製品をマテル社が輸入販売するという、1977年とは逆の構図が生まれたのだ。
LSIポータブルゲーム・シリーズのパッケージ上部には、「MATTEL ELECTRONICS」のロゴとよく似た「BANDAI ELECTRONICS」の文字がデザインされている。このあたりからも、当初はバンダイがマテル社の製品を参考にしていたことがわかる。
日本でバンダイが発売した『サブマリン』と、それをマテル社が米国で輸入販売した『サブチェイス』。『サブチェイス』の箱の横には、マテル社の他の電子ゲーム機と同様にフラップ(袖のような部分)が付いている。
バンダイから発売された『コンバット』と、マテル社による米国輸入版である『アーマーバトル』。
『サブチェイス』と『アーマーバトル』のパッケージの裏面には、「Manufactured for Mattel by Bandai(マテル向けにバンダイによって製造された)」と記載されている。
ちなみに『ゴルフコンペ』の米国版はマテル社からではなく、タンディ社から『エレクトロニック・チャンピオンシップゴルフ』、メゴ社から『パルソニックゴルフ』という商品名で発売された。