バンビーノ:FLゲームシリーズ

Bambino:FL Game Series
基本解説
シリーズ商品
  • 【発売元】
    バンビーノ(米国/日本)
    Bambino
  • 【製造元】
    エミックス(日本)
    Emix
  • 【発売日】
    1978年9月~1980年
  • 【表示方式】
    FL(蛍光表示管)
  • ※「バンビーノ:FLゲームシリーズ」は公式名称ではなく、当ミュージアムで便宜的に付けたもの

 1978年9月、世界で初めてFL(蛍光表示管)によってミサイルやUFOなどを表示した電子ゲーム機が姿を現した。米国でバンビーノ社が発売した『UFOマスターブラスターステーション』がそれだ。以降、バンビーノブランドのFLゲーム機は続々とリリースされ、1980年の後半には米国でその数が10機種に達するまでになる(「シリーズ商品」のページを参照)。じつは、それらの製造元であるエミックス社は、自動車の計器類などを手掛けていた日本の電子機器メーカー。1978年4月に車載用グラフィカルディスプレイを発表し、その技術をもとに『UFOマスターブラスターステーション』などのFLゲーム機を開発したが、日本の玩具流通は異業種の会社にとって参入のハードルが高かった。そこでロサンゼルスにバンビーノ社を設立し、米国への輸出販売に踏み切ったところ、1979年度のエミックス社の売上高を前年比6倍の約32億円に押し上げるほどの反響を呼ぶ。

 バンビーノブランドの機種がそれだけの注目を集めた理由は、大きく分けてふたつある。ひとつは、LED(発光ダイオード)が一般的だった電子ゲーム機の表示方式にFLを本格的に導入したこと。赤い点を発光させていたLEDに比べて、複雑な形を鮮明に光らせるFLは、電子ゲーム機の画面が一段階進化したことを感じさせた(「CGWM TRIVIA①」を参照)。そしてもうひとつは、ゲーム機のボディが独創的なフォルムをしていたこと。これは、既存の電子ゲーム機の平面的な形状からの脱却を目指し、テクノロジーや未来を連想させるデザインを追求して生み出されたものだった。

 米国の玩具業界で脚光を浴びたバンビーノブランドの機種は、ほどなくして日本への逆上陸を果たす。1979年4月には『UFOマスターブラスターステーション』が『ミサイル遊撃作戦』という名前でトミーからリリースされ、1980年にはそれ以外のほとんどの機種もおもに河田(のちのカワダ)を通して日本での販売が開始された。しかし、その流れは1980年末を最後に止まる。順調に販路を拡大しているかのように見えたバンビーノブランドの機種の前に立ちはだかったのは、電子ゲーム機市場の荒波であった(近日公開予定の日本版のページへつづく)。

※参考資料:季刊「DESIGN NEWS」No.111/1980、月刊「マネジメント」1980年4月号

『UFOマスターブラスターステーション』の画面。ミサイルを発射し、飛来するUFOを撃墜していくゲームだ。

ひとつ前の写真を拡大。FLの発光によってミサイルやUFOがくっきりと表示される。

『UFOマスターブラスターステーション』の本体。スペースシャトル風の形状が目を引く。

1979年に発売された『スーパースター・フットボール』のボディデザインもかなり個性的。両翼の付いた画面周辺は、実際のスタジアムの電光掲示板を彷彿とさせる。

各機種のパッケージのアートワークも完成度が高い。デザインに対するこだわりがバンビーノブランドの特徴のひとつだ。

【CGWM TRIVIA①】
FLによって可能になった表現

 FL(Fluorescent Display/蛍光表示管)とは蛍光体を発光させる表示装置のことで、VFD(Vacuum Fluorescent Display)とも呼ばれる。LEDが点(発光ダイオード)を光らせるのに対して、FLは蛍光体の形状をそのまま光らせることができるのが特徴。たとえば特定のポーズのキャラクターや爆発パターンの形をした蛍光体を用意しておけば、それらを組み合わせて発光させることで、LEDよりも表現力が増したゲーム画面を作り出せるのだ。余談だが、固定された絵柄の組み合わせで画面を構成するこの手法を、FLではなくLCD(液晶)の長所を活かしながら実現したのが、1980年に登場した任天堂の『ゲームウオッチ』シリーズである。

 では、FLを使うことによって、LEDでは不可能だったどのような表現ができるようになったのか。それをバンビーノブランドの機種の画面を使って紹介しよう。

『UFOマスターブラスターステーション』の本体内部。FLの表示パターンがズラリと並んでいる。

表示部の拡大写真。ひとつのブロックごとにUFO、ミサイル、爆発の3つの表示パターンが用意されており、それらがゲームの進行に合わせて点灯していく。

マテル社のLEDゲーム機『ミサイルアタック』(1977年)。ミサイルも敵もすべて、点のようなLEDの光で表示される。ミサイルと敵は、光の明るさで区別可能。

『ミサイルアタック』のアレンジ版とも言える内容のFLゲーム機が『UFOマスターブラスターステーション』(1978年)。ミサイルとUFOがそれぞれの形をしているうえ、爆発パターンも表示されるようになった。

マテル社のLEDゲーム機『フットボール』(1978年)。ひときわ明るく光るLEDがプレイヤーで、残りの5つのLEDは敵のタックラー。

マテル社の『フットボール』の派生形であるFLゲーム機『スーパースター・フットボール』(1979年)。各選手が真上視点の絵で表現され、頭部の色が味方は黒、敵は緑になっている。

カラーFLを使用することで『スーパースター・フットボール』を改良した『フットボール・クラシック』(1980年)。両チームの選手が色分けされ、画面の内容がわかりやすくなった。

大きなボクサーがパンチを繰り出し合う『ノッケムアウト・ボクシング』(1979年)は、LEDでは表現できなかったゲーム。1P側と2P側で髪型やシューズの色を変えてあるあたりにも、デザインに対するこだわりが感じられる。

バンビーノ社のもうひとつのサイドビュー対戦ゲーム『スペースレーザーファイト』(1979年)。両者のコスチュームが異なるうえ、ジャンプやかがみ動作といったアクションも見せてくれる。

【CGWM TRIVIA②】
初めてFLを搭載した電子ゲーム機は?

 バンビーノFLゲーム機の登場を受けて電子ゲームはLEDの時代からFLの時代へ歩を進めていくことになるが、FLを搭載した電子ゲーム機はそれよりも前から存在していた。そもそもFLは、電子ゲーム機の誕生以前に電卓の表示部にも使われていた技術。したがって、電卓の派生形である『BC-1010BJ』『カジノ7』(1976年)などのゲーム電卓には、当然のようにFLが搭載されていた。また、電卓風の表示部を備えながら電卓機能を持たないゲーム機『エレクトロニック・マスターマインド』(1977年)なども登場。それらを経て、英数字や記号以外のものを初めてFLで表現したゲーム機として『UFOマスターブラスターステーション』(1978年)が姿を現したのである。以上の分類ごとに、現時点で把握している「初めてFLを搭載した電子ゲーム機」をまとめると下記のようになる。

(1) ゲーム電卓系……米国:BC-1010BJ』(東芝/1976年?)または『カジノ7』(ユニソニック・プロダクツ/1976年)、日本:カジノ21』(エポック社/1978年)

(2) 電卓風だが電卓機能を持たないゲーム機……『エレクトロニック・マスターマインド』(インビクタ/米国:1977年、日本:1979年)

(3) 英数字や記号以外のものを表示するゲーム機……米国:UFOマスターブラスターステーション』(バンビーノ/1978年)、日本:『ミサイル遊撃作戦』(トミー/1979年)

ブラックジャックがプレイできるゲーム電卓『BC-1010BJ』(東芝/1976年?)の表示部。絵札を「F」で表し、それ以外は電卓のFL表示をそのまま使用している。

日本初のゲーム電卓である『カジノ21』(エポック社/1978年)の内部。12ケタの数字(+「F」の文字)を映し出せるようにFLの表示管が並ぶ。

『エレクトロニック・マスターマインド』(インビクタ/米国:1977年、日本:1979年)は、コンピュータの設定した3~5ケタの数字を当てるゲーム機。電卓機能は備えていないが、表示部には電卓風のFLを搭載。

数字以外にミサイル、UFO、爆発パターンをFLで表示した『UFOマスターブラスターステーション』(バンビーノ/1978年)の画面。この機種の登場をきっかけに、電子ゲームはLEDからFLの時代へと移行を始めた。

日本初の本格的なFLゲーム機『ミサイル遊撃作戦』(トミー/1979年)は、米国で前年に発売された『UFOマスターブラスターステーション』の名前を変えたもの。どちらも製造元は、日本の電子機器メーカーであるエミックス社。

【CGWM TRIVIA③】
バンビーノブランドの機種のちょっとした特徴

 バンビーノ社から発売された電子ゲーム機は、新品を開封した直後の状態だと、表示部のプラスチックに薄いフィルムが貼られている。電子ゲーム機のジャンルにおいて、このように保護フィルムを装着している機種はかなり珍しい。

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