サイモン(日本版)
Simon(Japanese Version)
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Yonezawa Toys1978年5月に米国でミルトン・ブラッドリー社が発売した『サイモン』は、それからわずか3ヵ月で日本国内の玩具店に姿を現した。注目すべきは、輸入した本体に日本語説明書を付ける形ではなく、日本での販売元である米澤玩具が自社で本体を製造していた点だ。これにより、米国クリスマス商戦での品薄の影響を受けることなく、『サイモン』は1978年の日本の年末商戦で順調なセールスを記録し、ロングセラー商品への道を歩みはじめた。さらに、米澤玩具企画室課長の当時の証言によると、1979年前半の時点で米澤玩具製『サイモン』は国外へ輸出され、販売台数を大きく伸ばしていたという。3ヵ月という短いタイムラグで日本での販売を実現したことや、自社製造で海外へ輸出して成功を収めたことからは、米澤玩具が海外メーカーとの取引に秀でていたことが伝わってくる。そして『サイモン』の成果も手伝ってか、米澤玩具の輸入販売部門は、1979年6月1日に株式会社チェリコという名の独立した子会社になるのだった。

日本国内で最初に販売されたブラックタイプ。米国版との微妙な違いについてはCGWM TRIVIA②のコラムを参照。
4色のレンズ(ボタンのこと)が点灯した順番を覚えて、同じ順番でレンズを押していくという遊びかたは、米国版と変わらない。


約1年後に登場したホワイトタイプも、ボディカラー以外はブラックタイプと共通の仕様。

ホワイトタイプの『サイモン』のパッケージには、「白」と書いたシールが貼ってある。
日本版『サイモン』の本体裏のプラスチックには、米澤玩具のロゴマークと「MADE IN JAPAN」の文字が刻まれている。


ルールがわかりやすく書かれた縦長の四つ折りシートと、英語版の取扱説明書が付属。
英語版取扱説明書の最終ページ。欄外に「米国ミルトン・ブラッドリー社の認可のもと米澤玩具によって製造された」という意味の英文が記されている。

発売から1年経たずに『サイモン』の出荷台数が30万台に達したことで、その人気に自信を持った米澤玩具は1979年の年末商戦に『サイモン』のホワイトタイプを投入した。米国では未発売の色違いモデルをリリースできたのは、米澤玩具が自社で『サイモン』の製造ラインを持っていたからなのだろう。1990年代に入ると『ゲームボーイ』や『ゲームギア』などによってゲーム機の別カラーの本体は珍しいものではなくなるが(この2機種だと『ゲームギア』のパールホワイトが最初)、『サイモン』はかなり早い段階でボディカラーの異なるモデルを用意した機種ということになる。では、家庭用ゲーム機のカラーバリエーション展開はいつ頃から始まったのだろうか。把握している範囲で、最初期にあたる1970年代のゲーム機の色違いバージョンを以下にまとめてみた。

テレビテニス(1975年)
エポック社が発売した、日本初の家庭用ゲーム機。『ポン』タイプのゲームが遊べる。あとから銀色バージョンが登場したが、その機種名は『ビデオゲーム』に変更されていたため、カラーバリエーションと呼べるかは微妙なところ。
テレスポ(1976年)
発売元はGA-ダイシン社。日本や海外の『ポン』タイプのゲーム機にはカラーバリエーションを持つものがいくつか存在するが、日本製の『テレスポ』はその中でも極めて初期の機種。しかも、パッケージにも3色の本体がカラーで印刷されている。


カラーテレビゲーム15(1977年)
任天堂が発売した、『ポン』タイプのゲーム機。2種類の本体色があるが、コントローラがスイッチ式(左)かボリューム式(中央)かによって色が違っていたため、純粋なカラーバリエーションと呼べるかは微妙なところ。また、シャープ版(右)も本体色が異なる。『カラーテレビゲーム6』にも、同様に3種類の本体色がある。
コンプ・フォー(1977年)
米国でミルトン・ブラッドリー社が発売した、思考型の電子ゲーム機(詳細はこちら)。1977年版(左)と1978版(右)でボディカラーが異なる。


ユニソニック21(1977年)
米国でユニソニック・プロダクツ社が発売した、ブラックジャックが遊べるゲーム電卓(詳細はこちら)。ボタンの色がオレンジ系とブルー系のモデルが存在する。ただし、それぞれボタンの配置も違うため、純粋なカラーバリエーションと呼べるかは微妙なところ。
ゴルフコンペ(1978年7月)
バンダイが発売したLSIポータブルゲーム・シリーズのひとつ(詳細はこちら)。1979年5月に登場したNEWバージョン(右)ではボディカラーが変更された。ただし、ゲーム内容も改良されているため、純粋なカラーバリエーションと呼べるかは微妙なところ。


サイモン・日本版(1978年8月)
米国でミルトン・ブラッドリー社が発売した電子ゲーム機の日本向けバージョン。米澤玩具が販売元となり、本体を自社で製造していた。ホワイトタイプが登場したのは、1979年の年末商戦の時期。
スピーク&スペル・日本オリジナルモデル(1979年9月)
ゲーム専用機ではないが、米国で1978年に発売された『スピーク&スペル』を、テキサス・インスツルメンツ・アジア・リミテッド社が日本版としてアレンジしたもの(詳細はこちら)。レッドとグレーの2種類が同時に登場した。


ドレミファ タッチ(1979年9月)
新生工業が発売した、幼児も遊べる電子ゲーム機。ホワイトとブルーのボディカラーが存在する。
米澤玩具が製造した日本版『サイモン』は、初期の米国版(米国1978年版)とは細かな点が異なる。表記が日本語になっているのはもちろんだが、それ以外のおもな違いを以下に紹介しよう。なお、同じ米国版でも、初期バージョンと2年目以降のバージョンでは変更されている箇所がある。それについては、米国版『サイモン』のページのCGWM TRIVIA③「1978年版と1979年版の違い」を参照。
【パッケージのサイズ】
左が米国1978年版で36×36センチ。右が日本版で34×34センチ。どちらも電子ゲーム機のパッケージとしては大きめだが、日本版のほうがひとまわり小さい。


【メーカーのロゴ】
★米国1978年版
本体上部に配置されたミルトン・ブラッドリー社のロゴマーク。

☆日本版
ロゴマークが米澤玩具のものに差し替わっている。
【パッケージの開けかた】
★米国1978年版
箱の側面を開けて、中身を引っ張り出す構造。

☆日本版
箱のフタを上に持ち上げられるようになっている。


【本体の収納方法】
★米国1978年版
取扱説明書と一緒に本体がビニールで包まれ、しっかりとボール紙で固定されている。

☆日本版
箱の内側に設置されたボール紙によって本体の位置を固定。実際には、本体に載せるように取扱説明書や保証書が入っている。
【レンズのデザイン】
★米国1978年版
レンズ(ボタン)の表面はつや消し仕上げだが、中央部のみ光沢になっているデザイン。

☆日本版
つや消し仕上げの部分はなく、全面が光沢仕上げとなっている。


【スイッチの色と形状】
★米国1978年版
スイッチがどの数字にセットされているかは、センターのくぼみで判断する。

☆日本版
スイッチに三角の突起が付き、セットされている数字がわかりやすくなった。また、スイッチの色は米国1978年版と異なるバージョン(写真)と同色のバージョンが存在する。
【電池ブタの形状】
★米国1978年版
小さな穴にコインなどを差し込み、テコの原理で開ける形状。

☆日本版
突起をフタのほうへ倒しながら手前に引くとフタを開けられる。コインなどが不要になり利便性が上がったが、翌年登場の米国1979年版のほうが開けやすさは上。


【CPU】
★米国1978年版
テキサス・インスツルメンツ社製のTMS1000NLLを使用。

☆日本版
「MP」や「DE」の右側の数字は進んでいるものの、CPUの種類は米国1978年版と同じ。なお、米国1979年版ではCPUが変更されているが、日本版も本体の製造時期によってCPUが異なるかは不明。